大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2821号 判決 1998年12月22日
控訴人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
石井義人
被控訴人
乙山花子
右訴訟代理人弁護士
渡辺和恵
同
青木秀篤
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人に対し金三〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じ三分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。
三 主文第一項1は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 被控訴人の請求原因
1 当事者
被控訴人、控訴人は共に大阪市立天王寺中学校の英語教諭であった。
2 控訴人の行為
控訴人は、被控訴人を陥れるため、次のような発言を繰り返した。
(一)(1) 控訴人は、平成五年から六年にかけ通勤電車の中などで、Wに対し、「花子さんは身勝手で自分の都合で他人に合わさせる。同僚にも生徒にも総スカンですわ」「学校の時間割のことで校長に泣きつき、時間数を少なくしてもらった。プッシー作戦ですわ」などと虚偽の事実を言い連ね、被控訴人を誹謗中傷した。
(2) Wは、被控訴人、控訴人に共通の恩師であり、大阪府私立学校英語教育研究会幹事、日本英語教育学会関西支部運営委員の役職にあり、文部省検定中学校教科書著者でもあり、大阪府の英語教育分野において大きな影響力を有している。
(二) 控訴人は、平成五年六月二四日午前、被控訴人の他、教職員七、八名が在室する天王寺中学校職員室において、臨時教員T1に対し、「気を付けなあきませんよ。乙山さんは、他人に仕事をどんどん振ってくる。信用できないからな」などと声高に話し、被控訴人を誹謗中傷した。
(三)(1) 控訴人は、同年八月二七日に大阪市立開平小学校で行われた対面式の席上、同年九月から天王寺中学校の英語指導助手(ALT)となるF(カナダ人)に対し、英語で「乙山と仕事をするのは難しい。すべてのALTが乙山とうまく仕事ができなかった」と、また、同人着任後も、留学中の被控訴人を非難して「乙山は呑気に遊んでいる。皆が乙山の仕事を分担し迷惑している」「彼女は他人に仕事を押しつけ、さっさと帰ってしまう」「乙山は英語は上手に操るが、教師としては適性に欠ける」などと被控訴人を誹謗中傷した。
(2) 控訴人は、同年一〇月末頃、同校職員室において、被控訴人がいないのをさいわい、Fに対し、英語で「女性は男性がいないと幸せになれない。乙山が生徒に辛くあたるのは性的に欲求が充たされていないからだ」などと他の教員に聞こえよがしに語り、被控訴人を侮辱した。
(3) 控訴人は、同六年の新年会二次会がカラオケボックスで行われた際、被控訴人がいないのをさいわい、Fに対し、英語で「彼女も男さえいれば性的に充たされるであろうに」と語り、被控訴人を侮辱した。
3 控訴人の発言の違法性と被控訴人の損害
(一) 控訴人は被控訴人の英語力、英語教育学会における活躍、生徒の信望などを妬み、被控訴人を迫害する目的で2記載の発言に及んだものである。控訴人の右行為は被控訴人の天王寺中学校内外における就労及び活動を阻害するものであり、被控訴人の人格権、名誉及び信用を侵害、毀損し、被控訴人に甚大な精神的損害を与えた。
(二) 被控訴人の精神的損害に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。
4 控訴人の責任
控訴人は被控訴人に対し民法七〇九条の不法行為責任を負う。
5 よって、被控訴人は控訴人に対し本訴請求する(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日である)。
二 控訴人の認否と主張
1 請求原因1は認める。
2(一)(1) 同2(一)(1)のうち、「英語科の教科会で決まったことを校長に言い、自分に有利なように変えさせた」と言ったことは認めるが、その余は否認する。
(2) 同(2)は認める。
(二) 同(二)のうち、「他人に仕事を振る」と言ったことは認めるが、その余は否認する。
(三)(1) 同(三)(1)のうち、被控訴人が自分の仕事をFに押しつけ帰宅した際、「これは乙山の仕事であり、お前の仕事ではない」と言ったことは認めるが、その余は否認する。
(2) 同(2)、(3)は否認する。
3 同3(一)は否認し、同(二)は争う。
4 同4は争う。
5(一) 被控訴人は、天王寺中学校や前任校において、「狡い」「仕事を他人に振る」「仕事に誠実さがない」「人の言うことを聞かない」「教師の適性に欠ける」などの風評が一般であり、控訴人が広めたものではない。
(二) 控訴人の右2(一)(1)、同(二)、同(三)(1)の発言は、被控訴人に対する不満を仲間内で述べたに過ぎず、直ちに不法行為となるものではない。
第三証拠
原当審記録の証拠関係目録記載のとおりである。
第四判断
一 当事者
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 控訴人の発言
同2について判断する。
1 Wに対する発言〔同(一)(1)〕について
控訴人が、平成五、六年ころ、Wに対し、「被控訴人が英語科の教科会で決まったことを校長に言い、自分に有利なように変えさせた」と告げたことは控訴人の自認するところであり、右事実に(証拠略)(W作成の陳述書)、原審(人証略)、同控訴人本人、弁論の全趣旨によると、控訴人は、大学の先輩であり、且つ、関西における中高生英語教育界の有力者と目され、控訴人、被控訴人共に指導を受けているWに対し、通勤途上或いは飲み屋において、一人または同僚と共に、被控訴人に対する色々な不満を漏らしていたと認められる。しかし、(証拠略)、同証言は、控訴人が「花子さんは身勝手で自分の都合に他人を合わさせる。同僚にも生徒にも総スカンですわ」と言ったとはいわず、また、同証言は、控訴人が「プッシー作戦ですわ」と言ったと断定している訳でもなく、当審控訴人本人も同僚の発言であると述べていることに照らし、右は何れも控訴人の発言であると認めることは困難である。
なお、(証拠略)によると、控訴人がWに告げた被控訴人の悪口は極めて多岐に亘っているが、本訴請求は「言葉の暴力」による不法行為責任を追及するものであるから、被控訴人において不法行為の内容(要素)となる言葉を特定すべきであり、被控訴人が請求原因として具体的に主張していない言葉、或いは主張している言葉の趣旨、範囲を超えて、不法行為の内容をなす言葉を認定することは許されない(右の理は次項以下の認定においても同様である)。
してみると、右(一)(1)にかかる控訴人の発言は控訴人自認の限度で認める他ない。
2 T1に対する発言〔同(二)〕について
原審被控訴人本人は、控訴人が、平成五年六月二四日午前、被控訴人ら教員七、八名が在室する天王寺中学校職員室において、T1に対し、「乙山は狡いからな。気をつけなあきませんよ。あの人はどんどん仕事を振ってくる」と言ったといい、控訴人は「他人に仕事を振る」と言ったことは自認している。
被控訴人は、右に関し、平成七年四月七日付控訴人に対する催告書では、控訴人が「乙山は人間として信用できない。人格が歪んでいる」と繰返し発言したと抗議していたが(<証拠略>)、T1や控訴人から否定されるや(<証拠略>)、原審において右供述をするに至ったものであるところ、その経緯に照らすと、右(二)にかかる控訴人の発言も控訴人自認の限度で認める他ない。
3(一) Fに対する発言〔同(三)(1)〕について
原審証人(人証略)は、控訴人が同人に対し、対面式の席上、「乙山と仕事をするのは難しい。ALTに好かれていない。何か問題があれば相談に来るように」と、また、同校に着任した後、「乙山は自分の仕事を同人に押しつけ余分な仕事をさせている」「乙山は英語を話すのは上手いかもしれないが教師としては良くない」などと言ったと供述し、控訴人は「乙山は自分の仕事を同人に押しつけ余分な仕事をさせている」と言ったことを除き否定している。
しかし、控訴人は、被控訴人は教師としての適性に欠けるとの風評やALTとうまくやっていけなかったことがあったことなどを聞知していたと窺えること(<証拠略>、当審控訴人本人)、後記のとおり、Fがことさら虚偽の事実を述べたとも解されないことに照らすと、控訴人はFに対し、同人が供述するとおりの発言をしたと認めるのが相当である。
(二) 同〔同(2)、(3)〕について
前記証人(人証略)は、控訴人が、同人に対し、平成五年一〇月末頃、一〇人近い職員が在室する同校職員室において、英語で「乙山が生徒に厳しく当たっているのは性的に不満があるからだ」と言い、また、平成六年の新年会二次会のため同僚約一〇人とカラオケボックスに行った際、英語で「彼女は性的に満足するため男を必要としていた」と言ったと供述するところ、控訴人は右発言を全面的に否定し、Fは日本でいい職を得るため被控訴人と格別親しいWに取入る目的で被控訴人に迎合的な供述をしたと主張する。しかし、Fの証言の一部にそのような点があったとしても、同人が右のような内容の発言を捏造したと認めることは困難である。そして、カラオケボックスに同席した当審証人(人証略)も、控訴人の右発言を明確には否定せず、且つ、Fの供述が全て虚偽であるとも言っていないことに照らすと、控訴人はFに対し右のような発言をしたと認めるのが相当である。(証拠略)(T2の陳述書)は右認定を覆すに足りず、右認定、説示に反する(証拠略)(控訴人の同僚職員らの陳述書)はたやすく採用することができない。
三 控訴人の発言の違法性と被控訴人の損害
1 控訴人の発言の違法性
(一) Wに対する発言
二1認定の発言はそれ自体直ちに違法性を有するとはいえず、且つ、内容が虚偽であると認めることもできないから、違法であるとはいえない。
(二) T1に対する発言
同2認定の発言は、それ自体直ちに違法性を有するとはいえず、そうでないとしても違法性は微弱であるところ、内容が虚偽であると認めることはできないから、直ちに違法であるとは認め難い。
(三) Fに対する発言
(1) 同3(一)認定の発言のうち、対面式における発言はFに被控訴人との間でトラブルが起きた時は相談に来るよう助言した趣旨とも解することができるから、直ちに違法であるとは断定できないが、その余の発言のうち、被控訴人が教師として良くない旨の発言は、軽々に口にすべきことではなく、同僚教師の発言として許される限度を超えており、それ自体違法であるといっていい。
(2) 同(二)認定の発言が性的侮辱として被控訴人の人格権を侵害する違法行為であることは多言を要しない。
(四) 被控訴人は、控訴人が被控訴人の英語力、英語学会における活躍等を妬み被控訴人を陥れる目的で右のような発言を繰返したと主張する。
確かに、(証拠・人証略)、弁論の全趣旨によると、被控訴人の学校外における英語教育活動は目ざましいものであるが、(証拠略)、弁論の全趣旨によると、控訴人もまた熱心に英語教育活動を実践し、学校内外において相応の地歩を固めつつあること、そして、(証拠・人証略)、弁論の全趣旨によると、被控訴人は同校の教職員と必ずしも十分な和を保っていたとはいえないことに照らすと、先輩格である控訴人が被控訴人に不満を持っていたであろうことはともかく、単純に妬んでいたと極め付けるのは早計であり当を得ないであろう。尤も、右は控訴人の前記発言を正当化するものでないことは言うまでもない。
2 被控訴人の損害
被控訴人が控訴人の前記発言により人格権を侵害され精神的損害を被ったことは明らかであるところ、慰謝料額は三〇万円が相当と認める。
四 控訴人の責任
控訴人は被控訴人に対し、民法七〇九条により、被控訴人の前記損害を賠償する責任がある。
五 結論
よって、原判決を変更し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 永井ユタカ 裁判官 宮本初美)